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2018/04/18

落書きとShroud of The Avatar その6

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使っている色の量が違うと、同じ大きさの画像ファイルでも全然ファイルサイズが違う。
特に上の画像はFC2アップローダーの許容サイズである2MBを超えて2.4MB近くになってしまったので、保存時の品質を100から99に下げることで1.6MBにまで下がったんだけど、品質が1下がっただけで一気にファイルサイズが小さくなる仕組みもよくわからない。

ところで、クリップスタジオペイントってコンスタントにアップデートは重ねているけど、あいかわらず筆圧によるブラシ透明度の調整と下地混色が競合するため併用できない。
要望があるにも関わらず何年も対応していないところを見ると、もう描画エンジンというか内部計算のコア的な部分がブラックボックス化して手を加えられない状態になってたりするのかもしれない。
他のペイントソフトだと普遍的というか、本質的とすら言えるほどの機能であるにもかかわらず何年も放置されてるので、もう対応する可能性は低いと思われるし、正直なところ、筆圧によるブラシ透明度の変化と消しゴム機能さえ実装されてさえいれば特に困ることも無くなったので、余計な機能の無いSAI2とか別の軽快なペイントソフトに移行しようかと何度も考えてはいるんだけど、移行の際に伴うであろうショートカットの再設定やUIの違いなどによる不慣れさなどが壁となって、なかなか腰が上がらない。

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Shroud of the Avatarは、実はもう数日プレイしていない。
不思議と飽きたとかそういう感覚は無く、プレイしようと思えばできるのだけど、特別やる理由が見つからないとも言うべき微妙な感覚。
例えるなら、デスクトップに散らばった無数のショートカットアイコンの一つをつまんで、意味もなく上下左右にドラックして眺め、そうしている自身を客観視しつつまた元の場所にアイコンを戻すような、今の時間なんだったんだ?というようなそんな無意味な作業。
特に面白くもなければつまらなくもないような、路傍に転がる石を目の端で捉えるようなそういう立ち位置である。

そもそもプレイし初めの時点で気分は落ちるところまで落ちていたし、なにかこう、アルファ版から正式リリース移行にともなった義務感のようなものを原動力としてプレイしていたので、飽きるという言葉よりも、その義務感が時間経過と共に次第に薄れていったと言ったほうが近い。
以前の記事にて、ボスをソロで倒すことを当面の目標なんて書いたけど、実際には他にやることが見つからないというか、それすらもやる必要性を感じておらず、なんとかひねり出して思いついたから書いたというのが本音である。
基本、時間というものはいかなる場合においても無為に過ぎていくもので、その過程を娯楽に限定すれば、光の変化による視覚情報に合わせて夢中で指を動かすゲームや、プラスチックの板を棒でなぞるだけの作業に夢中になる落書きに充てるかの違いでしか無いのだけど、SotAをプレイすることはそのどちらにも属さず、むしろなぜ自分はこのゲームをプレイしているかの考察を、延々と脳内で繰り返す思慮の時間であったとも言える。
つまり客観的な視点でSotAに関するこれまでの記事を振り返れば、人生の貴重な時間をマイナーな仮想世界のキャラクター強化にひたすら勤しんでいたという事実だけが汲み取れるが、その実態は、俺からすれば自分自身との葛藤であり、なぜこのゲームをやっているのかその理由が見つからない、にもかかわらずプレイしなければならない謎の義務感、そのジレンマとの対峙である。
早期アクセスの時点で浅はかにも数千円を費やしてSotAプレイ権を得た、過去の自分への贖罪とも言えるかもしれない。
そう、これは罰だ。
一時の欲望に身を任せて、未来の自分への投資と称した散財をしたことに対する、自分への償いなのだ。
そしてそれに気づいた俺は今、ようやく自分自身を許せたのだろう。

とにもかくにも、ずっとよくわからないと言いながらプレイしていたが、本当に最初のSotAの記事で書いたとおり、最後の最後まで「おもすろくないくもなす」といったゲームだった。


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