Fishing Planet 絡まる世界
Fishing Planetにおけるリアルさの追求度合いは常軌を逸している。
例えばこの動画のように、釣り糸の挙動。
ロッドさばきによって水面からルアーが突出する際の動きである。
表面張力のシミュレートとベクトルの増加はやや誇張がかった部分はあるものの、リアリティという表現においてこれ以上説得力を持った表現をするすべは他に無いだろう。
俺も昔近所の川で、いもしない魚を釣るべくロッドを振り回していた時に、リールを巻きながら勢い良く引いたルアーが水面を大きく飛び出し、さながら弓から射られた矢の如く真後ろ10Mほど先の茂みに弧を描いて飛んでいくという経験をした覚えがある。
近くを歩いていたおばあさんが
「あぶなぁい!」
と驚き混じりにつぶやいており、実際危なかったのを今でも覚えている。
そして、水中と大気下におけるルアーとラインに対し働く決定的な抵抗力の違いと、その境に厳然と綿密に張り巡らされた張力の偉大さを幼ながらに実感したものだ。
それがこのゲームでも見事に再現されており、動画のように大げさな動きをせずとも、普通にリールを撒いているだけで時たま真後ろの茂みにルアーが吹っ飛んだり魚が飛んでいったりする抜かりない再現度。
あるいは、この画像のように名前どころか得体の知れない魚に対峙した時の、内面に生じる畏怖の念すらも見事に再現・表現されている。
俺も昔近所から少し離れた川で、ソフトルアーを使って釣りをしていた時に似たような経験をしたものだ。
それまで川釣りでの釣果ゼロだった俺に唐突に訪れた30センチほどの大物、とはいい難いが、初体験にしてはやや太くて長い獲物。
そもそも何かを釣ろうと思っていたわけではなく、野球の素振りよろしくただソフトルアーをジグヘッドに引っ掛けて川に向かって放るだけの、およそ釣りとはいい難い遊びをしていた時に、思いがけずに訪れた初ヒットだ。
この川に魚っていたんだ!っていうか、適当に買ったこんな安物のソフトルアーで魚って釣れるものなんだ!と一人喜んだものだった。
あまりに嬉しかったもので、つい釣りに全く興味ない友人を誘ってまで後日再訪するまで至った。
あの時の友人の、なんとも言えない迷惑さと楽しさが混在するかのような複雑な面持ちが記憶に焼き付いて離れない。
それはともかく、その時自分が釣った魚が一体なんという名前の魚だったのか全くわからないままかれこれ10年以上の時が経ってしまった。
記憶も曖昧で、体長約30cmという数字以外、その外観はカケラも覚えておらず、思い出そうとすると、まさしくちょうどこの画像のような曖昧で歪な存在として想起されるのだ。
食べられる魚なのか、そもそも本当に魚だったのかわからない、そんな思い出の一幕と得体のしれないものへの畏怖を完全に再現しつつ呼び起こしてくれる唯一無二のゲームがこのFishing Planetである。
さらにはこの動画のように、時々針にかかった魚が次元の隙間に飲み込まれ、多元的に偏在する性質を兼ね備えた粒子へと分解変換されつつ、量子もつれのエンタングルメントな状態になるのも見事に再現されている。
魚が針にかかったことによって、魚が釣れる状態と魚が釣れない状態の重ね合わせが位相越しに発生し、世界Aであるこちらの魚が釣れない状態であると観測できたことによって、分解変換の際に生成された位相空間の向こう側にある世界Bでは魚は既に釣れているとわかるのである。
観測によって固定されてしまった世界Aの結果を覆すことは非常に難しく、その方法としては、世界A・Bと同じ状態にある世界C・Dを別位相に複製した上で、エンタングルメント状態の各粒子を相互干渉させることで逆相変換し、我々のいるこの世界Aで魚が釣れている状態へと物理的に書き換える方法が挙げられる。
俺も昔地元の埠頭で釣りをしていた際に、同様の量子的スタックが発生したのを覚えている。
大型のフェリーを止めるために太いロープの巻かれたビット付近でルアーを垂らしている際にそれは発生した。
何らかの力が働き、いくらリールを回転させてもドラグの負荷以上の力でルアーが海中に固定され、リールが空回りするだけの事態に陥ったのだ。
はじめは単純に、ビットから海中に大きく垂れ込みやがてフェリーへと伸びるこの太いロープに、ルアーの針が引っかかったものと考えた。
しかし、どうやらそうでもないということが、段々とわかってくる。
というのも、その時やっていたのがブラー釣りだったためである。
以下にその理由を挙げるが、補足としてブラーというのは、反射板のように蛍光塗装されたオモリの先に針のついた簡素なルアーのことである。
まずその根拠となる情報として、事件前に寄った釣具屋にいた知らないおじさんが、「ブラー釣りならまず確実に魚釣れるべ」と店員に断言していたのを耳にしていたし、友人もそれ以前に同様のことを漏らしたことがあった。
火のないところに煙は立たずという言葉から、この噂が可能性としてはゼロではない少なからず信憑性を孕んだ情報であることを示唆している。
さらに、人の噂も75日ということわざから、二者で75日以上の期間が空いているおじさんの噂と友人の言葉によって、単なる噂にとどまらない長期的な期間での普遍的かつ決定的に存在する真実であることが導かれる。
そのことから、あの時俺が釣ったのはロープではないことがわかるのだ。
なぜなら「ブラー釣りならまず確実に魚釣れるべ」だからである。
こうして俺が釣ったのは、動画と同様に針にかかった魚が突発的な粒子変換によってエンタングルメント状態に陥り、量子もつれの複雑怪奇な事象へと飲み込まれ、観測し続けることによって量子的スタック状態に陥り、リールを上向きにスピンさせようが下向きにスピンさせようが、にっちもさっちもいかない状態へと事象がロックされ、結果としてラインを絶つことしか選択の余地の残されなくなった魚であることがわかるのだ。
釣り場において、こういったラインを絶つことしかできなくなった状態のことを「量子的スタック」と言い、また、釣り場を取り巻く相対性原理すら凌駕するそれらの事象を総じて「超ひも理論」と呼ぶ。
余談だが、釣り場でいきなり話しかけてくるおじさんも見事に再現されていた。
上の写真は、唐突に画面の左からぬっとその顔を覗かせ、何事かと思う間もなく
「お前のおっぱいでけーな」
とあけっぴろげに宣うおじさんを激写した瞬間である。
俺のキャラは同様のおっさんなので、俺の隣の画面外で釣りをしていた巨乳の女性キャラを見て発声された一言なのだろう。
よく見れば、その目線までをも完全に再現されている徹底ぶりであり、その瞳孔にはそびえ立つ双丘が映っていてもおかしくない程の説得力すら兼ね備えた何かがある。
そんなわけで非常に長くなってしまったが、釣り場シミュレーターと呼ぶべきゲームが存在するとしたら、このFishing Planetを置いて他にないといえよう。
それは神のいたずらとも言える不可解な事象すらをも見事にゲームに落とし込み、完璧に再現した神ゲーである。